昭和54年07月10日 月次祭
今日は、一時の御祈念を終わりまして、信徒会長、若先生をはじめ総代さん方、五名でしたか六名でしたか、佐賀の基山に、中山不動尊のご本山がございます。瀧徳寺ですかね、瀧光徳寺、そちらに素晴らしいご建築があるというので、それを見せて頂きに参りました。もうそれこそ、あちらの館長さんと、副館長の方が、もうそれこそ心からというのが、あれでしょう。もう心から私共が行ったことを、まぁ喜んで下さったち言う訳でもないでしょうけれども。
もう実に行き届いた、まぁご接待を受けて参りましたが。そしてずっと、館長さんが案内して回って下さいました。もう実に見事なご建築です。ちょうどしかも竹中組が入って今、一軒新たなところに新築しております。そこも見せて頂きましたが、竹中組から合楽教会が、今度ご建築が、御造営があっておるということを聞いて、知っておられました。それで、まぁあの色々ともう大変、まぁそれこそ目の保養をさせてもらい、同時にまた、色々と勉強になりました。
あちらへ参りましたら、お寺さんの広場のところに、大きな塔が建っております。その塔に、こういうことが書いてございました。「心から喜べる人が幸福」と書いてありました。心から喜べる人が幸福です。私は信心をさせて頂く者が、何を願い何を求めて信心するかというと。心から喜べる人になる稽古だと思うんです。ね。それは勿論自分の都合のよい時だけなら、信心がなくても誰でも喜びます。
けども普通から見たら、まぁ何んと難儀なことであろうかと思う様な中にあっても、喜べれると言うのでなからなければ、幸福とは言えませんよね。私共が生きていく上に、生涯の上には様々な、やはりそれこそ難関がございます。いろんな難儀な問題も起こってまいりますけれども。段々信心の稽古をさせて頂いて、ね。本当なことが分かる。神様の言うならばお心が分かる。どんなに痛いとか損をしたとか、困ったとかと言う様な事にでも、必ずご神意ご神慮というものがあるのだ。
そのご神意ご神慮が分からせて頂く時に、初めてどう言う様場合でも喜べれる。そういう、どういう場合にあっても喜べれる世界に住まわせて頂いて、初めて人間は幸福だということが出来ます。ね。これがまぁ言うならば、極楽世界でしょう。合楽では、そういうおかげを頂きつつ、または頂いて、ね。神様にいよいよ喜んで頂けれる信心。言うならば、潔う捧げる生活と、最近では言われます。ね。そういう言うならば、神様と氏子が、合楽しあえる、喜びし合える世界を目指しておるのが、合楽の信心だと。
事の道理が分からせて頂いて、ね。それこそ、落ちるこの身は十八願阿弥陀仏の48願中の18願の中と思えば、危なげはないという様な、仏教の悟りがある。ね。どういうところへ行ったところで、例えそれが、地獄の果てであろうが、弥陀如来様のお懐の中だと悟らせてもらう時に、どんな場合であっても、喜べれると言う。そういう人が、極楽に行ったという事じゃないでしょうか。
合楽ではその、極楽世界にやらせて頂くことの、精進と共に、また極楽に住まわせて頂いたからと言うて、蓮の台(うてな)の上で、こうやって座っておるのじゃなくて、その、おかげを頂いた、その心を以って奉仕する心。神様に喜んで頂ける。言うなら、神様の手にも足にもならせて頂こうという、そこから、ね。神様と氏子とが拝み合える、合楽しあえる世界が開けてくると言うのが、合楽の願いであり、合楽の信心による、理想郷なのでございます。
だから先ずはね、どういう場合であっても、喜べる幸せな人を目指さなければならないということでございます。二三日前私いわゆる遅う、ここへ出て参りました。そしたら真っ暗いとこで、あちらでガタガタしよる、誰だろうかと思うたら、鞍手の柴田さんでした。こんな遅うどうして何事でしたかち言うたら。あぁ良かったぁ親先生、ここ座っとりましたから。はぁ親先生がこういう時間には、もう居られないと思うておったのに、おられた。おかげ頂きましたと言うて、まぁ色々お届けをされました。
今度その二日間、あそこは燃料をなさっておられる、ガス器具なんかの大売出しを致します。どうぞ何百万は売り上げなければ、今度売り出しの目標ですから。どうぞまぁお繰り合わせを、目的達成が出来るようにという、お繰り合わせを願うと言うてお参りされた。ね。お願いに来た。今頃はもうとても先生は座ってはもう居ないと思うておった、居った。おかげ頂いた。この心がおかげを頂くんです。ね。
これがおかげをキャッチするんです。ね。合楽ではそういう素晴らしいタイミングが、何時もあっておりますですね。昨日、昨日でした。ここへ座っておりましたら、直方の、行本さんが、お父さんが、久し振りで参って参りました。行本佳代先生のお父さんです。あちらは障子を入って、えらい感動して見えて、ここへ座られますもん。今日は親先生、もう今日は、本当におかげ頂きましたと、目に涙を一杯ためて、お礼を言われるんです。あんた何をおかげ頂いたんですかと言ったら。
私がここへ入ってくる途端に、ある方がそこでテープを聴いておった。御理解朝の御理解を頂いておった。その朝の御理解の中に、私が、ね。行本先生のことを話しておった。行本佳代先生がと言う、そのところが流れてきた。お広前に入った途端に、娘の名前を聞いた途端に感動した。ね。タイミングです。私は信心を頂いてね。有難い分かったというだけではいけんと思う。私の話を聞いて感じてくださる。そこからおかげが交流するんです。ね。分かっただけじゃいかんです。分かった行じた、ね。
いわゆるここで、今言われる実験そして実証なんです。ね。それがね感じるということが、おかげを頂く元なんです。ね。柴田さんがそんなに遅く参ってきた。私が座っておった。いやぁ親先生が今の時間に座っておられた。おかげ頂いたぁ。おかげ頂きましたぁと言うてここへ座られた。そしてそういうお願いをなさった。ね。私もおかげ頂いたと思うた。本当にこれが合楽の、まぁ言うなば、独壇場だもんなと思うんです。
神様が助けて下さる。助けて下さろうとする時には、そういう働きが一杯起こってくるんです。そして二日たちまして、昨日でした。電話が掛って参りました。もしもし親先生ですかと。はい。どうも元気がなかもん。大坪ですがと言うたら、親先生もうこんだのごたる事はありませんでした。もう二日間もうまるっきり売れませんでしたとこう言う。で、私はもうそれを聞いた途端に、おかげ頂いたぁと思うたですから。ほらおかげ頂いたなぁ。もうよくせきな事ばい、ね。
神様の働きというものがです。さぁ少しばっかり売れたとか何とか言うなら、あんまり感じんけども。まるっきり売れなかったというところに、神様の働きを感じずにはおられんじゃないかと。ね。もうこれは、神様のご都合に違いはない。そらおかげ頂いたばいと、まぁ言うて申しましたが。それは本当に、先生が言う通りのおかげだったと、頂けておれば、もうそれはそのまま徳になり、力になるだろうと思う。神様は這えば立てである。立てば歩めである。ね。
売れた売れたがおかげだけじゃない。そういう例えば、前々日にお届けに来た時に、もうとにかく、おかげ頂いたという、その実感がそのまま二日間の、それこそ大売出しに、沢山のチラシも撒いた。宣伝もしたのにも係わらず、売れなかった。もうこんな素晴らしい事があろうか。ね。それをおかげとキャッチする、言うならば心が、私は今日皆さんに、瀧光徳寺で、私が見てまいりました、ね。人間は、ね。
心から喜べる人が幸福だ。ね。只自分の都合よくまた売れた、また売れたで喜ぶもんな馬鹿です。喜ばんもんなありませんよね。けれどもそれとは反対に、全然売れなかった。しかも、お取次ぎを頂いた。しかもそれには、あのような素晴らしいタイミングの中に、お取次ぎを頂いてのことであるから、これは深い神様のご神慮があることに違いはないと。もう即その場で感じられる信心なんです。
私も万一それだけのおかげがなかったらですね。そういう素晴らしいタイミングが、その前の前の晩に、ここでなかったならばね。はぁそうじゃったの、そりゃとこう言う風な言い方をしたかも知れませんけれども。そういう前に働きを受けておってのことであるから、もう即はりゃ柴田さん、おかげ頂いたばいと言えた訳なんです。ね。それをおかげ頂いたとしてお礼が申し上げられる。いうならば、やれ痛や今みかげをという心になれよという事なんです。ね。
信心の、私は幸せと言うものは、そういうものだ、いや信心によって、幸せを得るという事は、そういう事なんだ。ね。だから幸せとは、真の信心をしなければ、頂けないということが分かります。如何にどんなに、物があっても、金があっても、健康であっても、人間の真の幸せと言うのは、信心による幸せでなからなければ、幸せとは言えない。しかもその信心も、分かるところが分かる。神様の心が分からせて貰うて、それも分かっただけではない。
体験に体験を積んで、どういう中にあっても、喜べれる信心の稽古が出来て。そこから頂けて来る所のおかげをおかげとして頂き止める。そういうね。心の状態が出来た時に、私共は幸福ということが言えるのじゃないでしょうか。大正六年の七月八日が家内の誕生日です。ですから昨日、一昨日が誕生でした。こっちは忘れとった。相すまんことですけれども、ところがその、皆さんが親奥さんのお誕生日おめでとうございますと言うてから、色々なものを持って来て下さったり、お届けをして下さったりする。
あらほんに、今日は家内の誕生でしたねぐらいな事でしたけれども。それほど、先ほどの行本佳代さんの話がね、あったというのは、ちょうど私がここへ座っておりましたら、それこそ、感動一杯で出てまいりました。只今直子先生のところへ参りましたら、ね。若奥さん達がお二人、それにお孫さんたちがいっぱい。それにちょうど、栄四郎先生も見え合わせられて、何か茶話会のようなことがあっておりました。
まぁささやかな、親奥さんのお誕生をお祝いするというので、孫娘又は嫁達が集まって、茶話会を開いておるところであった。もうその雰囲気がなんとも言えん。その感じた事を、ここにお届けに参りました。とっさに私がそん時に、神様から頂きました事がね。「拝み合いつつ拝みつつ、磨き合いつつ磨きつつ今日の喜び、何に例えん」と言う、まぁ歌ということでもないでしょうけれども、そういう教えの歌が、私の頭に閃きましたから、色紙に書いて直ぐそれをほんなら。
家内にこれは、私のいうなら、贈りもんだからと言うて、ちょうど朝、秋永先生たち、今度中国のほうへ旅行をしておりました。それで、お土産にというて、それこそ見事なあの端渓の硯と、それから見事な墨とを、お供えに頂いておりましたから。小さいこの位ばっかりの婦人用です。西岡先生が大変詳しいから、見て頂きましたが。今日本で買ったら、十万ぐらいするでしょうと言う様な素晴らしい硯と墨でした。ね。だからそれを、私からの贈り物として、色紙に添えて家内にやりました。ね。
その硯と墨が良いじゃないですか。ね。それこそ、擦ればするほど濃いくなる、ね。信心も、進めていけば行くほど、いうならば有難い、勿体ないが募っていくばっかり。そういう言うなら、私からのプレゼントと神様から頂いた、そういうお歌をです、添えて持たしてやりましたが。ね。そういう心の状態を、私は人間の幸福というのではなかろうか。ね。今日私が、そのお寺さん、瀧光徳寺さんで見せて頂いた、その塔に書いてあった。ね。「心から喜べれる人が幸福だ」ということ。
私共、いうなら、まぁこうして人が助かるようになって、約三十年間。様々な事があった。もうお父さん明日は何にも食べるものがないですよ。お米は今日炊いてしまいましたよと言う様な時であっても。もう今日頂かれたという事が有難いじゃないか。ね。今日頂けたことをお礼を申し上げて、もう明日は明日、ね。明日は明日のそれこそ風が吹くよと。もうそれこそ、今日一日頂かれたということが有難いとしての、私共の信心修行の時代がそうでした。そういうことが一回、二回じゃございませんでした。
もう間違いなくその翌日は、もう食べさせずにはおかん、かつらかしはせんぞという様な働きを受けてまいりました。ね。そういう時でも喜べる心がです。磨かれに磨かれそれこそ、ね。拝み合いつつ拝みつつ、磨き合いつつ磨きつつ、それが三十年間たった今日、この喜びに合うということが、しかも夫婦が健康で、おかげを頂いておる事、それこそなんに例えようもないという歌の文句でございます。ね。勿論これは、もうそれこそ、擦ればするほど濃いくなるで、限りなくです。
この喜びというものは、深く広くなっていくことでしょう。ね。信心の喜びと言うのは、ね。只私だけが喜べておるというだけではなくて、それが育っていかなければならない。広がっていかなければならない。そういう私共の喜びが、今合楽でこういう沢山な人が助かっていくと言う様な元にまで成って来ておるのでございます。ね。この一日からいよいよ、一時の修行が始まっております。夏季信行なんです。もうそれこそここのお広前が割れるような勢いで、皆さんが信行をなさっておられます。
今度の信行には、ね。教主金光様が三日から、広島病院に入院されました。お目が大変悪いですから、目の手術をなさるということでございます。その全快のおかげを頂かれて、また元通りの御用がお出来になるように。その事の祈願を、今度の夏季信行の中心に致しましたから、皆さんがそれを勢を揃えて、その事も中身に含めての修行が行われております。ね。ちょうどそういう修行が始まった翌日だったでしょうか。研修の時に、皆さんに、研修生の方達に話を致しました。
皆さんどうですか、金光様のことをお願いしとるですかと。どういう風にお願いしとるですかと。ね。それは、私共なりに御祈念はさせて頂いておりますとこう言う。それで私が申しました。私なりじゃいかんよと。私なりでは、結局あぁたの信心の程度じゃないか。ね。なぜ、お取次を頂かないか。何故大坪総一郎の信心にすがらないかということでございます。ちょうどその時、私は玉水の湯川先生のお話を、ご本で読んでおったばかりのところでございました。
湯川先生といえば、その当時に、東の横綱。西の横綱は甘木と言われるほどしの、もうそれこそ、飛ぶ鳥を落とすような御比礼が輝いた教会です。今でもやはり名実ともに、日本一の教会です。その初代の湯川先生が、ある時にその銀座の湯川先生が、一晩中お広前で御祈念をなさった。それを指摘して、お前は昨日一晩中、御祈念をしよったごとあったが、どうしてあんな事をするかと。あんなことをしてどうして、湯川安太郎でしたかね。湯川安太郎にすがらんかと、仰ったということでございます。
ある時に、ご本部参拝をさせて頂きますと言うてお届けをされたら、銀座の先生は、誠一というお名前ですが。誠一お前は、ご本部参拝をするが、どういうことが目的で参るかと仰った。日頃おかげを頂いておりますので、お礼参拝をさせてもらいます。どういうおかげを頂いておるのかと、言われたけれども。ご返事が出来なかった。畳み掛けて言われた。けれども黙ってご返事をなさらなかった。ね。それこそ湯川安太郎のおかげで、お前は、今日があるのであろうがと。
ご本部はね、ご本部は自分達の心の故郷である事は間違いないのだから、ね。心の言うならば故郷に帰らせて貰う、その喜びでお参りするのぞ。お礼なら安武松太じゃない、湯川安太郎でしたかね、にどうしてお礼を言わないかと言う事を仰った。まぁ実際その本当のことですからねそれは。しかしもうそれこそ、そのものずばりに言わっしゃった。そしてこう言う事は、他の者には教えんぞ。誠一お前だけに教えるぞと言うて、誰にでも教えてござる。あっははは(笑い)そこんにきが素晴らしいですよね。
だからこりゃ大体、皆さんにお話しするこつじゃなかばってん、お話しよるとじゃん。はっははは、ね。それはもう出来た人ほどです、もうちゃんと御祈念しよるけんでち言うて、お初穂も何もお供えせん人が、沢山あるんです。だから私はこのお話を、二日続けて致しました、朝の御祈念に。そしたらもう、朝の御祈念に参って来よる人が、皆言うならば、親先生のお取次を頂いて、ね。それこそ共では私なりな、こりゃもうこの事だけじゃないです。私共なりの信心じゃ出来ん。それこそね。
どうして湯川にすがらんかと言われる様に、ほんならここでは、私にもし言わせるならば、ね。言葉に衣を着せずに言わせるならば。どうして大坪総一郎にすがらんかと、まぁ言いたい所でございます。ね。ましてやです言うならば、教団人いわゆるお道の信心をさせて頂いておる者が、教主金光様のご病気だと言うのに、ね。打って一丸となっての言うならばお取次を頂いての、その全快ご平易を祈らせて頂くと言う事は、こういう時に私共の信心が、一回り大きくなると言う事になるのじゃないでしょうか。ね。
皆さんも、例えばお願いをなさっとるだけじゃいかん。ね。どうして、大坪総一郎にすがらんか。ね。信心というものは、そういうもの、またそういう風にして、自分の信心も、いうならば、自分のことから周囲の事、そして教団全体のことが祈れれるほどしの信心にならせて頂くということがです。ね。言うならば、私だけが喜んでおれれる。しかもおかげを頂いて、降っても有難い照っても有難いという心が開けてきた。と言うてそこに、安座しておるのではなくて。
そういう心の中に安住しておるのではなくて、そういう心を持って、私共の周辺のことが祈っていけれる。教団の事が祈っていけれる。世界真の平和が祈れれると言うように、信心が育っていくということが、私は、合楽の信心だという風に思うんです。ね。先ずは、皆さん、どうでも、ね。どういう時にでも、喜べれる信心を頂いていただきたい。ね。お取次を頂いた。そして二日間の大売出しをさせて頂いた。ところがそれこそ、もうそれこそ、一つも売れなかった。ね。
私はそのお電話を頂いた時に、もうその事を聞いた途端に、おかげ頂いたぁと思った。信心とはそれです。どういう場合でも、おかげ頂いたという実感なんです。こら柴田さん、おかげ頂きなさったと。で柴田さんがそこで、まぁどう感じられたか、ね。はぁ言われてみりゃ、なるほど神様の言うなら、深いご神慮に違いはないと、ね。こりゃむしろ、お礼を申し上げなばならない事であった。
それこそやれ痛や、今みかげをという心が、こういう時に、頂かなければいけんのだと言う、言うならばしら真剣な、信心の稽古が出来るときであるという事を思うです。しかもその信心は、何時も神様が、立てば這え、這えば歩めという親心を持ってお育て下さる。そういう中にです、ね。それこそ、今日の喜び、何に例えんと言う、例えようもないほどしの喜びの世界に住むことが出来る。その喜びの世界に住まわせて頂いて、いよいよ、ね。合楽の世界に住まわせて頂けれる。ね。
神様と私共とが、言うならば、お礼が言い合える、拝み合えるところから、今度は生み出されてくるおかげというものは、もう限りないおかげに繋がっていくことと、私は確信致しております。今日基山のそのお寺さんに、まぁご参拝というよりも、あの見にやらせて頂いて、そしてまぁこれが、今日のお土産であった。そのお土産を皆さんに、今日は聞いて頂いた訳でございます。
どうぞ。